富山市立浜黒崎小学校

とやましりつ はまくろさきせうがくかう
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学校の概要


  • 浜黒崎地区に住む小学生が通ふ。

  • 卒業生すると富山市立北部中学校に進学する生徒が殆どである。

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その他の特色

 
 
特徴
  • 校舎の北側には富山湾が広がる。
歴史
  • 明治6年6月15日 - 浜黒崎村の若宮安行の自宅を借り上げ、第6大区第10番中学区第32番小学校として創立。この頃は三十二番黒崎小学校と呼称せられてゐた。
  • 明治7年 - 校舎を常盤神社南隣に新築。
  • 明治8年 本村の豪農宝田安平が寄附金を募り、率先して2階建校舎を完成。
  • 明治20年 明治19年公布の小学校令により、小学校を2段階に分けた。
       即ち、修業年限4ヶ年の尋常科(これが前述の「有為小学校」)であり、もう一方が修業年限3ヶ年の簡易科(簡易小学校)である。この明治20年から明治22年にかけて当小学校は有為小学校と呼称せられてゐた。由来は由来は孟子の「将大有為之君」である。この「有為」は今猶建学の遺風を伝へて校歌や育友会の機関紙名に残つてゐる。明治23年からは浜黒崎尋常小学校となる。
  • 明治25年 小学校令改正により簡易科を廃止、尋常科は浜黒崎尋常小学校として存続し、明治40年に六年制に延長され、義務教育無償となつた。
  • 明治30年 校舎を現在の地に移転。
  • 大正13年 忝くも大正天皇・皇后両陛下の御真影が下賜せられた。昭和9年には奉安殿を建設。
  • 昭和15年 - 浜黒崎村が富山市に編入せられ、校名を現在の富山市立浜黒崎小学校と改称。
  • 昭和15年4月1日 - 校名を「富山市立浜黒崎国民学校」と改称する。
  • 昭和22年 - 校名を富山市立浜黒崎小学校と改称。
  • 昭和41年3月 - 老朽化のため校舎を鉄筋校舎に建て替へた。
校歌
  1. 朝日花やぐ古志ヶ浜 松の緑の色映ゆる 若き命はここにあり 磯打つ波に身を鍛へ 睦びて学ぶ有為校
  2. 雪に輝く立山の 気高き姿仰ぎつつ 清き心はここにあり 共に励みて智をみがき 誠の道を 生きぬかん
(作詞・作曲 山本俊直)